優しく騒がしい雨
やにわに雨が降り出した。
時刻は26時45分。
雨が嫌いだった。
くせっ毛の髪は暴れだす。
暗い空、すれ違う人々、バスの湿気、曇った窓ガラス。
何もかもが嫌だった。
だけど、いまは違う。
気付かなかったけど、本当は傘が嫌いだった。
濡れるのは悪くない。
濡れないように気を使って、雨から逃げて、隠れて、そうして過ごすのが嫌だっただけだ。
濡れる覚悟さえあれば、雨は気持ちいい。
夜半に降りだす音は心地いいノイズ。
明日の青空を、膨らみはじめた紫陽花のつぼみを、アマガエルの歓喜の声を夢想する。
たしか鏑木清方の随筆に、風を疎い、雨音を愛すひとの話があったように思う。
若い頃には何を馬鹿なと思ったものだが、いまにしてみればよくわかるのだ。
なんだ、年をとるのも悪くないじゃないか。

今朝、3時頃すごい雨音で目が覚めて、干しっぱなしだった洗濯物を取り込んだ(笑)
そして、朝出かけようと思ったら、家に傘が一本もないことに気づく(泣)
でも、一番酷い時じゃなかったから、「べつにいーや」って濡れていたけど。一番酷いときにはそんなこと言ってられなかったかも。
うちも折りたたみ傘以外まともなものはないかも。
梅雨前に一本調達しておかないとダメですね。
以前、とんでもない豪雨のときショーシャンクごっこ(cf. 映画 『ショーシャンクの空に』)がしたくなってわざわざ雨にうたれに行ったことがあります。
これが気持ちよかった。とーっても。
雨のイメージが変わります。
だけど帰ってから親に「世間体」という言葉を切々と説かれたような気がします・・・。
でも、ケータイとか電気機器を持っているときは辛いよねぇ
そうですねぇ
濡れて困らないときには気持ちがいいもの。
そうでないときに濡れないよう気を使うのは嫌。
そんな存在です、雨って
一番悲しかったのは買ったばかりの本を濡らしてしまったときかなー?