「おい、俺の青春をどこへやった?!」

誰にでも平等に訪れるはずであった青春の在りかを天に対してそう問い詰めるのだ。
失われたはずのものは大きい。
小説や映画は嘘っぱちだったのか。心ときめく日常はどこにある?

「俺の青春を盗んだやつはいったい誰なんだ?!」

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そう叫びもするさ。
このサイトでそう叫んでないやつは故郷へ帰れ!

何故こんなことを言い出したかは多く語るまい。
語りたくない。
思い出したくもない。
だが返してくれるなら、返してくれ。

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いや、脱線した。冒頭からだが。
さて、この作品は恐ろしくダメなストーカー主人公の手記であるくせに、決して鬱屈とはせず、なおも爽快な読後感すらある。
読む端からあふれ出す名文句、それを逐一書き留めようものならレポート用紙を埋めることすら難くないだろう。
才能がずば抜けているのだ。
筆者には、「頭がいいけど、きっとバカだ」という賛辞を送りつけてやりたい。
ここ数年で最も輝いている作品だと言っても過言ではない。
ダメすぎるダメ人間しか出てきやしないのに。

だが、ここで問題にしたいのは、私の友人は何故このろくでもない作品を、何故この私に貸したのか?ということに尽きる。
いつか問い詰めたい。何故だ。意図は何だ?
梨木香歩と江國香織を愛読してると巷で噂の、このマキさんに対して。

だがしかし、心の底で思ってしまっているのだ

「チクショウ、アイツわかってるじゃねえか!」と

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どうでもいいことが頭の中で渦を巻き、とぐろを巻き、いつまでたっても終われないので、締めにこの偉大なる手記の序文から引用させていただく。
悔しいかな、悔しいかな。
私の欲しいものが此処にはある。

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“この手記を読む人は、貴重な経験をすることになるだろう。もちろん愉快な経験とは言えまい。良薬とはつねに苦いものである。
ただし、苦いからと言って良薬であるという保証はどこにもない。
毒薬もまた苦いのだ。”

太陽の塔 (新潮文庫)
森見登美彦 『太陽の塔』