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砂浜を散策していたら綺麗な巻き貝を見つけました。
鮮やかな緑。
この魅惑的な色は、海草やプランクトンを食べて生まれたものなんだろうか。
そんなことを考える。
鮭ってホントは白身魚で、身や卵が赤いのは餌の影響だって聞いたことがある。
ザリガニにはカロチンが入ってないものばかり食べさせると青くなるって。
水と酸素、ただそれだけで暮らしていけば、人間だって青白くなる。
水の色?
いや、空の色かも。
手ぬぐいって、名前のわりにぬぐわないよね。
ティッシュボックスをちょいと小粋に。
これはまた季節ごとに変えると風情があっていいかも。
夏には藍、秋には芥子色とかね。
ただの布なんだけど、手ぬぐいって面白い。うん
家事で一番好きなのは洗濯です。
何が好きかって、きっとたぶん洗濯機が好き。
透明だった水が黒く濁ると「おぉ、こんなに汚れが」と嬉しくなります。
傍らで本を読みつつ観察したり。
料理は作るのも食べるのも、さほど好きではありません。
食べさせるのが好きなのです。
掃除もそれ自体が好きというよりは、「この洗剤を試したい」とか「使いきりたい」というのが強い気がします。
洗剤を使い終わらすついでに部屋が綺麗になってる、と。
どれも好きというのがズレていることに気付いた今日。
うーん、なんか間違ってる。
知っているか?
私のパソコンではモモンガが飛び回っている。
たまらぬキュートさ、Kitacaのエゾモモンガだ。
縦横無尽にふわふわ飛ぶよ。
ちょうかわいいよ。
そんな重要機密がどこから漏れたのやら、限定Kitaca-Suicaをいただいてしまった!
【ちょっとびっくりの図】

「えっ、コレ・・・いいんですか?」
やばい、かわゆい。
限定モノだから買えないよなぁって諦めてました。
ノーマルSuicaとはお別れして、この限定のブツを見せびらかしてやるぜ!
ついでにブログパーツを付けちゃったりもするぜ!
つまむとかわいいんだぜ。壁紙もたまらんのだぜ。
寒くなってきた昨今、寒風吹けば首を縮こまらせるせいで、肩こりがいたします。
とはいえ肩を揉んでもらうのもそうないことで。
代わりといっては何ですが、あずきのチカラという商品を買いました。
電子レンジで温める肩用のカイロとでもいいましょうか。
不思議なことに、小豆をレンジで温めると蒸気が出て、約20分も温かいのだそうです。
しかも繰り返し使用可。
これがジェルの入ったものよりもずっと気持ちがいいのですよ。
今日ちらっと読んだ本にあったのですが、どうも大麦にも同じ効果があるようです。
さくらんぼの種でも同様のことが出来るのだとか。
著者曰く、種を捨てずに毎年少しずつ集めれば・・・ということでしたが。
さくらんぼは来年、肩こりは今。
待てませんて。
ただ、カイロとして扱うのは良いのですが、有機物だというのもお忘れなく。
長く行方不明になっていた豆のカイロが窓際で発掘され、「うわぁぁ・・・!」という話も小耳に挟んでおります。
しかし雑穀というのは意外と吸湿・蒸散の繰り返しに向いているようで。
もし古くなりすぎて食べる気の起きない雑穀があれば、袋詰めしてレンジに入れてみるといいかもしれません。
(※コーンは一緒にしませんように)
お手玉にも意外な二次利用法発見です。
時間が経つと色あせるものがある。
草花、写真、思い出。
オリーブオイルも、そうらしい。

この4本、実はまったく同じ商品なのです。
ただし、製造日の差が8ヶ月。
見てよここまでの変化っぷり。
右端にほんの少しだけ写っているのがExtra Virginではないオリーブオイル。
そっちのほうが良さそうです。
色で判ればいいけれど、瓶で見えないものもある。
油だってちゃんと製造日を調べて買うべきなんです。
- – - – -
その後、書店で本を買おうとしたら、目当ての本が黄ばんでいます。
いきなり中古な風情でした。
どうしてか白い紙の時間軸はベクトルが逆みたいなんですよね。
走ってる車を眺めているとやたら苗字が多かった。
マツダでもMAZDAでもなく、松田さんってイメージをしてみると、なんだかちょっと変。
街中を誰かの名前を背負って走ってる。
誰なんだ、松田さん。
フェラーリさんもクライスラーさんもマイバッハさんもあまり知らない。
でも本田さんはちょっとだけ知ってる。
だからやっぱりすごいと思うんだ。宗一郎さん。
ベンツなんて、ダイムラー・ベンツさんって名前だと思ってたよ。
いま各所で話題になっているので、もうご覧になった方も多いと思うが、うちでも加勢。
自主製作アニメとは思えぬデキの良さ。
2分ちょっとの怒濤の展開に、飽きるヒマすらありません。
某氏曰く
「長崎ではよくあること」
だ、そうです。
わけあってコスモスを探していました。
ですが、どの花屋を訪ねても 「もう終わり」 とつれない返事ばかり。
いまは霜月、仕方のないことです。
と、諦めかけていましたら、我が家からもっとも近い花屋にあるというのです。
すわ、売れ残って居れ!
そう念じておりましたら、有るのです。有ったのです。
すでに花の盛りは過ぎて、晩秋といった風体のコスモスが三鉢。
「それはおいくらでしょうか?」
店員さんは「うーん、もうこれだけ散ってしまったから・・・」と困りながら
よかったらどうぞ、と手提げに入れてくれたのです。
さすがに三鉢もタダで貰って帰るわけにはいきません。
綺麗な花を買いました。
帰り道は少し気恥ずかしいようでした。
- – - – -
というのが顛末であって、私が花束を抱えていた街を歩いていた理由がわかっていただけただろうか?
付け加えるならば、店員さんは私よりも20~30歳は上であり、ロマンスは生まれない。
残念である。
ボーヴォワールの「人間について」に書かれた一節について、ご存じの方がいらっしゃったら教えて下さい。
”あのアンドラ神のようになるべきです。じっさい、恐るべき悪魔を相手にしての勝利で、精根を使い果たしたアンドラ神は、原子の大きさに縮まり、沈黙の無関心な水の下、白蓮の茎の心で、世界をよそに生活することを選んだではありませんか。”
このアンドラ神とは、どの神話に描かれる神なのでしょうか?
翻訳の際に名前が多少なりと変化しているようです。
もしご存じの方がいらっしゃいましたら、教えていただけると喜びます。
ついでに惚れます。
よろしくお願いします。